ぶどうの木を増やしたいと思ったとき、最も確実で初心者にも取り組みやすい方法の一つが「取り木」です。接ぎ木や挿し木と比べて成功率が高く、親木と全く同じ特性を持った苗を得られる取り木は、大切に育ててきたぶどうの品種を増やしたい方にぴったりの繁殖方法です。今回は、ぶどうの取り木の基本から応用までを詳しく解説します。
取り木とは?他の繁殖法との違い
取り木とは、親木から切り離さないまま枝の一部に発根処理を施し、根が十分に成長した後に切り離して独立した株とする繁殖方法です。ぶどうの増やし方には他にも接ぎ木、挿し木、実生(種まき)などがありますが、取り木には以下のような特徴があります。
取り木のメリット:
- 親木と全く同じ特性(品種、味、収穫時期など)を持った苗が得られる
- 親木から栄養供給を受けながら発根するため、成功率が高い
- 特別な技術や道具がなくても比較的簡単に行える
- 大きめの苗が得られるため、結実までの期間が短い
取り木のデメリット:
- 作業期間が長い(発根から独立まで数ヶ月〜1年程度)
- 親木に負担がかかる
- 一度に増やせる数に限りがある
- 親木の近くでしか作業できない
取り木に最適な時期
ぶどうの取り木に最適な時期は、春の新梢が十分に伸びた5月中旬〜6月下旬です。この時期は樹液の流れが活発で、発根しやすい状態にあります。また、取り木を行ってから独立させるまでに十分な生育期間を確保できるというメリットもあります。
地域や品種によって最適な時期は若干異なりますが、一般的には以下の条件を満たす時期を選ぶとよいでしょう:
- 新梢が20〜30cm程度伸びている
- 葉が十分に展開している
- 梅雨入り前後の湿度が高い時期
秋(9月〜10月)に取り木を行う方法もありますが、この場合は翌春まで切り離さず、越冬させる必要があります。
取り木に必要な道具と材料
取り木を行うために必要な道具と材料は以下の通りです:
道具:
- 剪定ばさみ(鋭利なもの)
- カッターナイフまたは接ぎ木ナイフ
- ビニールテープまたは接ぎ木テープ
- 麻ひもや園芸用ワイヤー
材料:
- 水ゴケまたはピートモス
- 透明または黒のビニール袋
- 発根促進剤(必須ではありませんが、あると効果的)
- 用土(切り離し後の植え付け用)
ぶどうの取り木手順:ステップバイステップ
1. 適した枝の選定
取り木に適した枝は以下の条件を満たすものを選びましょう:
- 1年生または2年生の健康な枝
- 直径が鉛筆程度(6〜10mm)の太さ
- 樹勢が良く、葉の展開が十分な枝
- できれば地面に近い位置にある枝(作業がしやすい)
品種によって発根のしやすさは異なりますが、一般的に欧州系品種よりも米国系品種や交雑種(巨峰、デラウェアなど)の方が発根しやすい傾向があります。
2. 環状剥皮(かんじょうはくひ)
選んだ枝の基部から20〜30cm程度の位置で、以下の手順で環状剥皮を行います:
- 枝の周囲に2本の平行な輪切り状の切り込みを入れます(間隔は1〜2cm程度)
- 2本の切り込みの間の樹皮を丁寧にはがします
- 木質部(白い部分)が露出するよう、形成層(緑色の部分)までしっかり剥ぎ取ります
この作業により、上部から送られてくる養分が剥皮部分で滞留し、発根が促進されます。
3. 発根促進処理
環状剥皮した部分に発根促進剤を塗布します。市販の発根促進剤(オーキシン系のもの)を使用すると、発根率と発根スピードが向上します。発根促進剤がない場合は、蜂蜜を薄めたものでも代用できます。
4. 水ゴケの準備と巻き付け
水ゴケを十分に湿らせ、環状剥皮した部分を中心に枝に巻き付けます。水ゴケは厚さ2〜3cm程度になるよう、しっかりと巻きます。巻き付ける範囲は、環状剥皮部分の前後5cm程度(合計10〜15cm)が目安です。
5. ビニール袋での保護
水ゴケを巻いた部分をビニール袋で覆い、両端をビニールテープでしっかりと固定します。これにより、水分の蒸発を防ぎ、高湿度の環境を維持します。透明なビニール袋を使うと、中の状態を観察できるメリットがあります。
6. 定期的な管理
取り木部分は定期的に観察し、以下の点に注意して管理します:
- 水ゴケが乾燥していないか確認(乾いていれば霧吹きで湿らせる)
- ビニール内に結露がある場合は適度な湿度が保たれている証拠
- 2〜3週間ごとに軽く触って、根の発生状況を確認
夏場は直射日光が当たると中が高温になりすぎるため、遮光するか、黒いビニール袋を使用するとよいでしょう。
7. 切り離しと植え付け
根の発生から十分な発達まで、通常2〜3ヶ月程度かかります。根が水ゴケの外側まで見えるようになったら、切り離しの時期です。切り離しは以下の手順で行います:
- 環状剥皮部分のすぐ下(親木側)で枝を切断
- ビニール袋と水ゴケを丁寧に取り外す(根を傷つけないよう注意)
- 発根した部分を観察し、健全な根が十分に発達していることを確認
- 準備した鉢または地植え用の穴に植え付け
植え付け後は十分に水を与え、直射日光を避けた半日陰で1〜2週間養生します。この間、葉の萎れを防ぐために、葉面散水や一部の葉を切り取るなどの対策を行うとよいでしょう。
品種別の取り木成功のポイント
ぶどうの品種によって発根のしやすさや取り木の成功率は異なります。主な品種別のポイントを紹介します。
巨峰、ピオーネなどの大粒系品種
- 比較的発根しやすい
- 環状剥皮の幅を1.5〜2cm程度と少し広めにとる
- 水ゴケをしっかり湿らせることがポイント
デラウェア、マスカット・ベーリーAなどの中小粒品種
- 非常に発根しやすい
- 環状剥皮の幅は1cm程度で十分
- 発根が早いため、1〜2ヶ月程度で切り離し可能なことも
欧州系品種(マスカット・オブ・アレキサンドリアなど)
- やや発根しにくい傾向がある
- 環状剥皮に加えて、剥皮部分に軽い傷をつける
- 発根促進剤の使用が推奨
- 発根までの期間が長めになることを想定(3〜4ヶ月)
シャインマスカットなどの高級品種
- 中程度の発根のしやすさ
- 若い充実した枝を選ぶことが重要
- 湿度管理に特に注意し、乾燥させないよう定期的に確認
取り木後の育成管理
取り木で得た苗は、親木と同じ遺伝的特性を持っていますが、根の発達が十分でないため、最初の1年間は特に丁寧な管理が必要です。
植え付け後の管理
- 水やり:乾燥しないよう、特に植え付け後2週間は丁寧に水やり
- 遮光:直射日光を避け、徐々に日光に慣らしていく
- 剪定:最初の年は樹勢を確保するため、花穂は全て摘み取る
- 施肥:緩効性肥料を少量与え、根の発達を促進
2年目以降の管理
- 1年目の冬に軽く剪定し、樹形を整える
- 2年目から少量の結実を許容(ただし樹勢を見て判断)
- 3年目以降は通常の栽培管理に移行
取り木のトラブルシューティング
取り木を行う際によくある問題とその対処法を紹介します。
根が発生しない場合
- 原因:環状剥皮が不十分、乾燥、時期が不適切など
- 対策:
- 環状剥皮部分を確認し、形成層が残っていれば再度剥ぎ取る
- 水ゴケを十分に湿らせ直す
- 発根促進剤を再度塗布する
根は出たが弱々しい場合
- 原因:湿度不足、栄養不足、日照不足など
- 対策:
- 水ゴケを十分に湿らせる
- 切り離しの時期を遅らせ、根の発達を促す
- 親木に葉面散布で栄養を与える
カビや腐敗が発生した場合
- 原因:過湿、通気不良、傷口からの感染など
- 対策:
- ビニール袋に小さな穴を開けて通気を確保
- 腐敗部分を取り除き、新しい水ゴケに交換
- 必要に応じて殺菌剤を散布
取り木の応用テクニック
基本的な取り木の方法をマスターしたら、以下のような応用テクニックにも挑戦してみましょう。
エアレイヤリング(空中取り木)
地面に近い位置に適した枝がない場合、高い位置の枝でも取り木を行う方法です。基本的な手順は同じですが、水ゴケの乾燥に特に注意が必要です。
連続取り木
1本の長い枝に複数箇所で取り木を行い、一度に複数の苗を得る方法です。環状剥皮の位置は30〜40cm間隔で設定します。
高接ぎ取り木
既存の台木に高接ぎした後、接ぎ穂の基部で取り木を行う方法です。これにより、接ぎ木と取り木を組み合わせた効率的な繁殖が可能になります。
まとめ:取り木の魅力と可能性
取り木は、特別な技術や設備がなくても、愛好家が自宅で簡単に行える繁殖方法です。大切に育ててきたぶどうの品種を増やしたり、友人と品種を交換したりする際に非常に役立ちます。
また、取り木で得た苗は親木と全く同じ特性を持つため、お気に入りの品種を確実に増やすことができます。挿し木や接ぎ木に比べて成功率が高く、初心者でも取り組みやすいのも大きな魅力です。
次回は「挿し木の方法と適期」について詳しく解説します。ぶどうの繁殖方法を複数マスターすることで、より柔軟に栽培の幅を広げていきましょう。
次回予告:「挿し木の方法と適期」では、取り木よりも短期間で、より多くの苗を得られる挿し木の技術について解説します。品種別の適期や成功のコツ、発根後の管理方法まで、詳しくお伝えします。お楽しみに!
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